Wednesday, March 19, 2014

Living in Tokyo — 東京に住むということ

米国の大学院卒業を機に夫と結婚し、昨年の5月に夫の住むこの大都会、花のみやこ東京に引っ越して来た。それから一年近く経とうとしている最近になってようやく、東京に住んでいる、という「気」がするようになってきた。というのも、今まではどこか自分の居場所が不透明と言うか、東京に居を構えてはいるものの、吹きすさぶこの東京砂漠が日々吐き出すようにオファーしてくれるものの数々を、上手く消化しきれていない、そんな気がしていたからだ。

二月最後の金曜日、新宿のアパートで一人ラジオを聴いていた私は、たまたま合わせたFM局で流れていたに、こころを奪われた。少しハスキーな女性の声が所々日本語の混じる歌詞に乗せて心地よく耳に入って来る。J-Popという名の下で訳の分からないジャンルの音楽が氾濫する日本で、こんなにステキな音楽を作るひとが居たのか、これは一体誰なのだろう?と曲の終わりに歌い手が紹介されるのを、まだかまだかと待った。そのひとは、マイア・ヒラサワ、と言う日系スウェーデン歌手で、なんとたまたまその日、来日していて東京のスタジオに生出演していたのだ。その番組で、まさにその日の夜、代官山の書店でその人がミニライブを開く事を知り、次の日の朝一番の電車で帰郷するという予定も顧みずに、ひとりバスに乗り夜の代官山に向かった。


マイア・ヒラサワのミニライブのつい一週間前、私は夫と共に武道館に居た。彼の博士号の指導教官である教授が、突然都合がつかなくなったとのことで、あのエリック・クラプトンの来日初日公演のチケットを譲ってくれたのだ。前の日までまさかギターの神様を生で、しかもアリーナ席から拝めるなんて、思いもしなかったので、降って湧いて来たようなチャンスに戸惑いながらも、感慨深く演奏に浸った。



その週の初めには、アメリカで数年前に知り合った音楽家が、カナダ出身の若手注目ピアニスト(ヤン・リシエツキ)をFacebook上で賞賛しているのを見かけた。彼の演奏をネットで聴いてみたところ、稀に見るような透き通った音を奏でるのに魅了され、調べているうちに、その何週間後かに、彼のコンサートが東京で開かれるのを知った。しかもそのコンサート会場は新宿の自宅から歩いて15分で行ける場所だったので、即座にチケットを購入した。彼のコンサートはショパンばかりを集めたプログラムで、それはもう圧巻。後に彼とツーショットで(しかも水玉のmatching pairで)写真も撮らせてもらえた。



東京という街には、まるで寄せては返す波のように、毎日こうして世界のビッグスターが行き来している。瞬きをしている間に、もう引き潮だった、なんて気付かないでいることも多そうだ。東京が日々与えてくれる機会はコンサートに限らず多岐に渡る。でも常にアンテナを張り巡らしているなんて、到底私にはできそうにない。そういうところでやけにガメツくなりたくない気もする。では「ガツガツしているのは格好わるい」と言う妙なモットーがある私が、こうして気に入ったアーティストに連続して会えたのは、ただのマグレなのか?いや、本当に好きなものは、こうもっと心とからだの深いところで察知して、宇宙の引き寄せの法則か何かで、向こうからやって来るものなんじゃないか?いい加減に聞こえるかも知れないけど、私は結構こういう化学やら論理的な媒体で説明がつかないような事を信じるのが好きなタチだ。ラジオのダイアル目盛りがお気に入りの局を探し当てた時のように、やっと東京と私の周波数(frequency)が合って来たという事だろうか。


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